Diary社員日記

ラクラスではどんな生活が待っているのでしょう。
社員が日記に綴ります。

2015/01/16
社員日記

大学卒業と書道のお話

昨年の9月で大学を卒業しました。
ラクラス入社と同時期に入学し、昨年卒業。
色々ありましたがラクラスも入社5年目になっているのだと驚きました。
 
月日がたつのは早いですね。
 
大学を卒業してしまうとやることがなくなってしまうなぁと思い、始めたのが書道です。
高校まではやっていましたが、それ以来ずっと離れていました。
まだ再開して半年ほど。
成人クラスなので、良い硯を使い、良い墨を使い、良い紙を使い、良い筆を使い…
学生のころは習字教室で購入したものをみんな一律で使っていたので気にしていませんでしたが、道具が変わるとこんなにも変わるのかというくらい書き味が違います。
そういった道具を自分で選ぶのも一つの楽しみになっています。
 
そして新年、雅号をいただくことが決まりました。
学生のころの習字教室にはなかったものなので、嬉しいような、少し重いような。
字を真似することから、字を使った作品を作る立場になったようで気が引きしまります。
ちなみに雅号の「雅」はお名前の「お」に相当するものらしく、自分で「私の雅号は…」というのは「私のお名前は…」と言うのと同じでオカシイそうです。
でも「雅」に本当にそういった意味があるのか調べてみたのですが「風流な様」「優雅な様」といった意味しか出てきませんでした。
普通は「私の風流な名前は…」なんて言わないので、それくらいの意味なのでしょうか。漢和辞典がほしくなりました。
「雅」が「雅号」と同じ使い方をされている言葉を探してみようと思います。
 
シェアードサービスのおいもでした。
2015/01/15
社員日記

アセトアミノフェンな私

先日、目黒のとあるフリーマーケットへ行ってきました。
まだ、あまり有名ではない作家さんたちが出展するジュエリー専門のなのですが、
そこに、私が約2年想いを馳せ続けた作家さんが参加すると言うことで、
残業もそこそこ、レッツゴー目黒。
 
その作家さんは京都?奈良?とりあえず関西の方で、
仙台はおろか(あ、4月に仙台から上京してきました。)、関東にも滅多に来ることはありません。
 
このご時世、オンライン注文もあるっちゃありますが、
殆どのアイテムがSOLD OUTの表示・・・。
 
実際に作家さんにお会いしてみたかったのもあったので、
直接伺える機会をずっと、ずっと待っていました。
 
そしてようやく出会えた念願のジュエリーがこちら。
 
 
化学式ピアスです。
 
好きな人は好きだと思うんですけど、どうでしょうか!
 
今回頂いたのはこちらの3点。
・アセトアミノフェン
・ペルゴリドメシル酸塩
・メチル基
 
もう、ひたすらかわいい。
ケースが試験管なのもかなりツボです。かわいい。
ときめき過ぎて困っています。
 
アセトアミノフェンはバファリンとかに入っている解熱成分で、ペルゴリ~は幻覚剤らしいです。
トルエンと硝酸を片耳ずつ付けて、合わせて“爆薬”
なんてユニークなアイディア商品もあって、もうわくわくが止まりません。
 
鏡を見てニヤニヤしていても見逃してください。
 
給与1年目 ギザミミピチューでした。
 
2015/01/14
社員日記

懐かしいお店、新しいお店

東京ドームの北側から南側へとラクラスが引っ越して3ヵ月が経過しました。
文京区後楽の新オフィスはワンフロアでとても居心地良いのですが、食事処が少ないのがたまに傷。昼食の楽しみが限られてしまいます。
 
そこで久々にラ・クーアの食堂街まで足を伸ばしてみました。
選んだのは「スンデュブチゲ」。そういえば新オフィス周辺は辛いものも少ないんだよなあ、と思いながら、いつもの豚スンデュブ5辛を食べました。
 
 
話は変わって、大阪でマイナンバーセミナーを開催しました。最寄の福島駅前で食べたのがこのステーキ。280g也を美味しくいただきました。
 
 
「ランチなのによくそんなに食べるな」と思うでしょ。しかし、横に座った方は「1ポンドステーキ」を注文していました。1ポンド=450gです。つまりこの写真の肉2枚分をペロリと平らげておられました。
 
食は大阪には適いません。くろくまでした。
2015/01/13
社員日記

初詣

明けましておめでとうございます。アカウントサービスの牛年生まれです。
みなさんは初詣に行かれましたか?
私は毎年、芝にある愛宕神社に初詣に出掛けています。

今日は少し愛宕神社についてご紹介したいと思います。

「伊勢へ七度、熊野へ三度、芝の愛宕へ月参り」と言われる愛宕神社は、東京23区内では最も高い、標高26メートルの愛宕山頂にあります。

建立は、1603年(慶長8年)でして、徳川家康公が江戸に幕府を設くにあたり防火の神様として祀られたのが始まりだそうです。その後、江戸大火災や関東大震災、昭和20年5月の東京大空襲により何度も焼失してしまい、現在の姿は、昭和33年9月に再建されたものとなっています。

愛宕神社の正面には勾配40度と急な、通称・男坂と呼ばれる86段の石段がありますが、この男坂については次のような話があります。

寛永11年(1634)、3代将軍家光の御前にて、丸亀藩の曲垣平九郎盛澄が騎馬でこの急な男坂を駆け上がり、拝殿で国家安寧の祈願をし、その後、境内に咲いていた梅を手折り、また駆け下りて、その梅を家光に献上しました。この事で平九郎は日本一の馬術の名人として名を馳せ、男坂も「出世の石段」としてその名が全国に広まったと言い伝えられています。今日でも拝殿前には「平九郎手折りの梅樹」なる梅の木が植えられています。

又、愛宕神社は、水戸の浪士が大老・井伊直弼を討った桜田門外の変の浪士の集合場所となったことや、勝海舟と西郷隆盛が話し合いをしたとされる江戸城無血開城の舞台となったことでも有名です。

なお、愛宕神社は「火に関するもの、防火、防災」「印刷・コンピュータ関係」「商売繁盛」「恋愛、結婚、縁結び」で特にご利益があるそうです。

今年、私は厄年でしたので、厄払いもお願いしました。
愛宕神社のお祓いは一人ずつ神主さんがお祓いしてくれるので、私は気に入っています。

みなさんも今年一年が良い年になりますことをお祈りしております。

 
2015/01/09
社員日記

清潔な日本

 
日本を訪問した外国人の印象として必ず上がってくるのが、「日本は清潔」というコメントです。
「裏通りまで含めて道がとても綺麗(ゴミ箱はとても少ないのに)」、「公衆トイレも綺麗(無料なのに)」、
「新幹線を降りるとき、自分が出したゴミを捨てていく」などなど。
 
なんだかこそばゆいけど、とても嬉しい評価ですよね。
 
でも考えてみれば、こんなに綺麗になったのはここ20年間のことではないでしょうか。
昔の駅のトイレはとても汚かったし、道にはもっとゴミが落ちていました。
歩き煙草も、煙草のポイ捨ても当たり前だった。
 
何より思い出すのが、コンクリートの歩道についたどす黒い円形のシミのようなものです。
あれはガムをそのまま吐き捨てていた痕跡ですね。
靴で踏みつけられているうちに、あんな黒いシミが増殖していったのです。
 
今ではそんなシミはありません。それは、駅のコンコースに這いつくばり、
ヘラを使って黒いシミを剥がしていった方々がいたからです。
一つひとつ剥がすのは本当に小さな前進でしかありません。
でもそんな前進が「清潔な日本」という評価を作り上げてきたんですね。
 
バブルが崩壊した後の20年。日本の変質には、良い面も多々あったような気がします。
「おいきたろう」でした。

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